徳川家康とカヤの油の話

徳川家康
徳川家康

戦国大名•徳川家康。
天下統一を成し遂げ、200年以上も続いた江戸時代の基盤を作った人物である。

そんな徳川家康の死因の一つの“天麩羅(てんぷら)を食して死んだ”という説がある。

この天麩羅死亡説。内容としては食あたりでの死亡や毒をもられたのではないかという暗殺説。
更にこの時に死んだのは影武者で、本物の家康はもっと昔に死んでいたのではないかという説、、、、様々な説が飛び交っている。

普通に考えて、江戸時代という昔では70歳過ぎた体には目新しい天麩羅という油ものは体に負担が大きかったのではないか?
今でこそ天麩羅は一般的な食べ物であるが、江戸時代の天麩羅は新しい食べ物。
天下人であってもそれは変わらぬのだ。

徳川家康と言えば、「鳴かぬなら 泣くまで待とう ホトトギス」と称される様に、非常に我慢強く用心深い男。
目新しいものに食いつかないのではないのか?とも思われそうだが、何故だか天麩羅には食いついたそうだ。

京の都で流行っていると聞いた家康は早速天麩羅を調理させ食してみる。
この時食したのが“カヤの油で揚げた鯛の天麩羅”である。

歴史好きとしては一度は食べてみたいカヤの油で揚げた天麩羅。
しかし、当時使ったと言われたカヤ(榧)の油が問題であった。
これが中々手に入らない。
原料のカヤの生産も少なければ、油を作っている所も殆どないそうだ。

以前放送していたテレビでは“良い渋みと酸味のある味がする”と言っていたが、現代の油しか食した事が無い身としては検討もつかないのである。
最後の晩餐になったとはいえ、時の大将軍徳川家康の食べた食事。
天下人の食事は幻の遠い存在なのかもしれない。

※旧ブログに載せていたコラムを再編集したコラムです。



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