デザイナー小太刀御禄の頭の中

情報発信から先駆者へ!吉田松陰に学ぶ5つにブランディングハック

吉田松陰と言えば、幕末を代表する長州藩士の一人。
彼の生き様はエキサイティングで咲いては散った花のよう。
現代でもファンが多く、ヒーローとして名高い吉田松陰。
そんな彼のブランディングはどういった形でできたのだろう?

5つのブランディングハックとして読みといてみましょう。

【1】人と違う意見をのべよ

吉田松陰はとは違う意見を述べる事で“とがっている”という差別化を行ったのではないだろうか?
意図的ではないにしろ、当時の考え方とは違う意見を投げかけた事で松陰は幕末という混沌の時代に輝きを見せたのだと思う。
それも幕府に対する反対意見という、当時ではセンセーショナルなものをぶつけた事で注目度が上がったと考えられる。

 

【2】意見を発信し続けよ

ただ思っているだけではいけない。一人でも多くの目にふれる事が大事。
それも継続して、かつ強弱をつけて発信し続けなければオーディエンスを楽しませられない。
密航を企てたり、黒船の視察も敢行。さらに叔父の松下村塾にも通ったあと、自ら松下村塾を開く。
こんなにもエンターテインメントに富んだ情報発信があっただろうか、というほどの活動である。
そのエンターテイナーな松陰の姿こそ、人々の目を引きつける要因になったのだろう。

 

【3】一人でも多くのファンを獲得せよ

数を束ねればどんな団体も力をつける事となります。それは現代も昔も変わらなかったのです。
松陰は松下村塾の名を叔父から引き継ぎ、弟子を募りました。
言うなれば松陰の教のファンという存在を募り集めたのだ。

 

【4】己の考えを浸透させる、塾(勉強会)を主催せよ

これは3でも説明したファンの獲得からつながる事。
勉強会(松下村塾)を主催する事で先駆者(第一人者)としてのポジションが確立される事となります。
吉田松陰が行った松下村塾は現代における定期勉強会、セミナーだと考えられるのではないでしょうか。

松陰は幽閉の後に塾を開き思想を浸透させ、仲間(弟子)を募り、リーダーとしての地位を築いたのです。

 

【5】自分のメディアをつくり発進力を上げる

ブランディングには自分の情報を発信する主戦場を選び。そしてそこをホームとする事が大事である。
松陰の場合は塾(松下村塾)を勉強の場からさらにメディアまで昇華した。
そして身分の低いものでも通う事ができるというメリットにより人をさらに集める事になる。
受講生の身分については松陰自体意図はしていないと思うが、結果的に広告になったと考えられます。
メディアは人を呼び、人を集め、人を育てる。
松陰という幕末のインフルエンサーからその思想は弟子に受け継がれ、晋作ら弟子たちも幕末のインフルエンサーとなっていくのです。
ファンがインフルエンサー化する事で松陰(松下村塾)の発進力もあがっていく事となったのだ。

 

■松陰ブランディングハックまとめ

松陰は自らの考えをブラッシュアップからの発信を行い、ファンを獲得からの育成、情報をメディアで発信をし、そして国を変えた第一人者として認知されたのではないでしょうか。

平成と幕末、時代は違えどやはり歴史から学ぶ事は沢山あります。
吉田松陰自身、当時はブランディングとは思っていないかもしれないが、これは現代にも繋がる立派な松陰式ブランディングと考えられます。
現代で話題のセルフブランディングも幕末の有名人にフォーカスをあてると一つのブランディングハックとして見えてきますね。

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ブランディングをテーマにSNSに投稿した記事のリメイクです。

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